2018(平成30)年度 子ども大学かまくら第2回授業
「君たちに伝えたいこと」
講師 養老孟司先生 子ども大学かまくら学長 東京大学名誉教授
2018年7月14日(土) 鎌倉生涯学習センターホール
(授業レポート)
梅雨明けの頃が、虫の活動が活発となり、ぼくの一番好きな時期になります。80年も生きていると、昔と違った種類の虫が出てきます。今は鎌倉にもたくさんいるクマンゼミの生息地は、日本列島の西でした。そのため鎌倉では一夏で1、2回しか鳴きませんでした。ニイニイゼミの1.5倍もあり、黒色で、シャンシャンと鳴き終えると場所を変えるので、なかなか採るのが難しかったのです。
昔のままの里山が小網代に
滑川では6月になるとホタルがたくさん飛んでいました。イワナもたくさんいました。石垣のすき間に赤い大きなベンケイガニがいたのに、今はいなくなった。
工場排水や洗剤で汚染された台所排水が川に流されて、ヤゴなどの生き物が死んでしまいました。下水を整備したけれど、破壊された生態系は元に戻りません。
昔の里山を見たいという人は、三浦半島にある小網代にぜひ行ってください。里山が昔のまま残っています。小網代の砂浜にはベンケイガニなどたくさんのカニがいます。夏に行くと、小さいカニが穴を掘って、穴の中に入って、まんまるの砂粒をつくって、穴の周りを囲む光景を見ることができます。
すっかり変わった鎌倉周辺の風景
ここ5,60年で、鎌倉周辺の風景もすっかり変わりましたね。例えば八幡神社の裏山には松しかなかった。鎌倉の街を見ることができました。しかし今は妙法寺の上の展望台に行っても木がたくさん茂っていて、鎌倉の街は見えません。どうしてか。
そのころは石油がなかった。だから燃料は石炭や炭、マキを使っていた。
そのため山にある木は伐採されて、人間が住む町の近くにある山は、みんなハゲ山になってしまった。今はエネルギー革命で石油全盛時代です。木を切らなくなり、森には台湾リスがいます。だから今の時代は江戸時代よりも、森の木が豊かになっています。
身体のなかに100兆ものバイキン
君たちは生態系という言葉を耳にするでしょ。その土地の生き物が全部一つのシステムとして暮らしています。しかし生態系を実際に見た人はいません。
君たちの体のなかに、どのくらいのバイキンがいるか知っていますか?個体数で言えば100兆もいるんです。歯のすき間にある食べカスを顕微鏡で見ると、繊毛のあるバイキンがたくさん泳いているのがわかります。君たちは、そういうバイキンと自分は別だと思っていますが、生態系としては一つで、一緒に暮らしています。
君たちの身体は多国籍
君たちの始まりは何だったか。ニワトリと同じで、最初は0.1ミリの卵だったのです。それが今は2、30キロの体に成長している。毎日、お米を食べているからです。そのお米は田んぼでできる。つまり君たちは田んぼのなれの果てなんです。
しかし田んぼと自分は別物だと思っているでしょ。だから生態系が破壊されて、おかしくなっていくんです。君たちが食べるお砂糖はアメリカ産のトウモロコシからできている。南アフリカのオレンジ、ニュージ―ランドのキウィを食べたりしているから、君たちの体は多国籍です。
(休憩)
君たちは不思議だと思わないかな?
ヤゴがトンボになり、セミの幼虫がセミになる。ところが毛虫やイモ虫を飼っていると、サナギからいろいろな種類のガやチョウが出てくる。サナギのないトンボやセミは不完全変態、サナギから出てくるチョウは完全変態と区別しています。
君たちは「これは不思議だ」と思ったことはないかな。
例えば毛虫は葉っぱを食べるための口をしています。ところがサナギから出てきたチョウの口は、花の蜜を吸うためにストロー状になっています。どうやってつくり変わるの。不思議に思わないかな?
毛虫とチョウは別な生き物
毛虫はサナギになったとたん、幼虫の細胞が溶け始める。と同時に、それまでじっとして動きがなかったチョウの細胞のかたまりが動き始め、その溶けた幼虫の細胞を栄養にして、どんどん大きくなっていき、チョウができ上がっていくのです。
この完全変態の仕組みを説明するのは実に難しい。いろいろな説明の仕方があるけれど、毛虫とチョウは別な生き物だと考えたほうがわかりやすい。しかし、へそ曲がりだと言われます。
クジラの親せきはカバ
クジラは昔、陸地に住んでいました。陸地の動物でクジラに一番近い動物は何ですか。学生=ゾウ。
違うんだ。遺伝子を調べてわかったのですが、クジラの親せきはカバなんだよ。カバは夜になると陸地に上がって草を食べています。ゾウは鼻が長いけれど、どうしてか?
動物には非常に大事な原則があります。立ったまま、口の先が地面につかないといけないのです。水場にはいろいろな動物が集まってくる。しゃがんで水を飲んでいると、ライオンなどに襲われたときに、すぐに逃げられない。それができるようにゾウは鼻が長くなった。キリンも、高い木の葉を食べるのではなく、水を立ったまま飲むためにクビが長くなった。
「そういうもんだと思ってました」
大学生に「コップの水のなかに赤インクを一滴落とす。しばらくすると、インクが消えてしまう。どうして消えたの?」と質問したら、なんと答えたか。
「そういうもんだと思ってました」
これにはビックリしたなあ。幼稚園から小、中、高校と、学校で学んできたことは、どうやれば考えないですむか、どうやったら楽ができるか。そのためには「そういうもんだと思ってました」と答えればよいということのようです。
ネコはなぜしゃべらないか
動物を観察しているとおもしろいんだよ。ぼくはネコを飼っているけど、しゃべらない。なぜしゃべらないか。
ネコは絶対音感を持っている。つまり音の高さに敏感だから、しゃべらないのです。人間の赤ちゃんも絶対音感も持っています。ところが赤ちゃんは言葉を覚え、しゃべるようになると、絶対音感が衰えていきます。どういうことか。
言葉はどんな高さで言おうが同じです。ぼくが「ウグイス」と言おうが、子どもが高い声で「ウグイス」と言おうが、言葉では「ウグイス」に聞こえます。ところが音の高さに敏感なネコは、「ウグイス」と聞こえるより早く、音の高さで判断する。「それ違う高さの音だろう」と。つまり言葉の意味より早く音の高さの違いを判断してしまう。だから言葉の意味を考えなくなる。君たちは目で同じことをやっているんだよ。
学校に行くと考えなくなる
うちのネコはシロという名前だった。「お前はシロだよ」と言って、字を書いたら怒る。(ホワイトボードに黒インクでシロと書く)。ネコから見れば、シロだと言っても、シロの字は黒色だから、シロではない。このように人間は、ともすると学校に行くことで、「そういうものだと思う」という習慣を身につけ、考えないですませるナマケモノになりがちです。数学の因数分解、コンピュータの仕組みも同じです。それでは話はこのへんで。なんでも質問してください。
◇ 質問コーナー ◇
Q.4年生 =養老先生が感動した本は
養老先生 ぼくはひねくれていて、感動しないタチなんだけど、井上靖の「射程」。東京駅で読み始めて、鎌倉を乗り越して東逗子まで行きました。
Q.4年生 おばあちゃんの家のネコは、ご飯の時間になると、「ご飯」と言うのですけど。覚えちゃうんですか。
養老先生 いろいろあるんです。実験したんですが、犬に「お座り」と言うと座ります。同じ調子で「トマト」と言ってみたら、ちゃんと座ります。わかっちゃいないんだ。
Q.4年生 好きな教科は何ですか
養老先生 学校はきらいです。みんな教科は決まっていると思っているけど、虫採りという教科はないでしょ。でも採ろうとすると、いろんな勉強しなくちゃならない。学名のルールを覚えなきゃいけない。19世紀の論文の要約はラテン語だし、最初の発見者は西洋人だから英語、ドイツ語、フランス語も知っていなければならない。
ぼくも虫採り教室に時々行くんだけど、何も教えない。教えたってしょうがない。人から教えてもらって何か覚えるなんて、とんでもない。自分で勉強するしかないんだよ。
Q.6年生 一番不思議だと思っている虫は何ですか
養老先生 みんな不思議だよ。例えばタカハシトミゾウというゾウ虫。全国に桜の木はたくさんあるけれど、平地で、2,3年の若い桜の木にしかいない。ぼくは50年で1匹か2匹しか採っていません。どうやって暮らしているかわからない。不思議です。
Q.5年生 幼虫からサナギになり、成虫になると聞いて、どう思いましたか
養老先生 そういうもんだと思いました。(爆笑)
Q.4年生 今まで採った虫で一番好きだった虫は何ですか
養老先生 人は、歳をとるとともに変わると思っています。だから大好きだった人のタイプも変わります。でも世の中で、その考えが通用したら大変なことになります。昨日の私と今日の私が違うとなったら、昨日、借金したお金は返さなくてもいい話になって、社会が成り立たなくなります。しかしコンピュータのデータだけは変わりません。
Q.4年生 ゲジゲジ以外に嫌いな虫は
養老先生 ムカデ、ゴキブリ、クモ、ヒルかな。おもしろいことにクモが嫌いな人はヘビは平気です。うちの奥さんはヘビが出てくると逃げるけど、クモは平気。人間は大きく分けると、クモ型とヘビ型に分かれる。ヒルがついたら、ゆっくり座って、タバコの火をヒルに近づけると、熱いのが嫌だからポトンと落ちます。
Q.5年生 初めて虫が好きになったのは、いつごろですか。
養老先生 両親が初めて由比ガ浜の海岸にぼくを連れて行ったとき、行方不明になって大さわぎしたと聞かされました。そのとき、ぼくは滑川の河口近くで、座り込んでカニが穴を掘っている。ジーっと静かにして見てると、出てきて動き出す。砂粒をまん丸に丸めて穴の周りに置いていく。よくも、こんなまるいものをつくると感心して見ていました。そのころからですね。
(文責=千田、横川 写真、島村國治)