2017(平成29)年度 第5回授業

 

 

2017(平成29年度)年度 第5回授業

「不可能に挑戦する勇気が自分の発見に」

 講師 飯田(とし)()先生  明治大学政経学部教授 山岳部部長

 

2月4日(土)午後2時から 鎌倉学園 星月ホール

 

 

  (授業リポート)

 

 

 

 これは何の絵?「星の王子様」の一番最初のところに出てくる絵で、ゾウをヘビが食べてるところだね。「星の王子様」は、サン・テグジュペリというフランス人が書いた本で、日本でも人気があります。

 

 

 ヘビがゾウを飲み()む絵

 その最初の部分をちょっと読んでみます。

 

「6(さい)の時、ぼくは『本当の話』というタイトルの、熱帯雨林に関する本の中で、とてもすてきな絵を見たことがありました。それは大きなヘビが、1(ぴき)の動物を飲みこもうとしているところでした。(中略)そこで、ぼくはジャングルを探検(たんけん)している自分を想像してみました。すると、すごくわくわくしました。それから色鉛筆(えんぴつ)を使って絵を()きました。ぼくの描いた絵の第1号です。それは、こんな絵でした」

 

「どうして帽子(ぼうし)(こわ)いんだい」

 これがさっきの絵ですね。一番最初の絵です。

 「ぼくは、その絵を大人たちに見せて、こう(たず)ねました。『ねえ、すごく怖いでしょ』すると大人たちはこう答えました。『どうして帽子が怖いんだい』。ぼくが描いた絵は、帽子ではありませんでした。それはゾウを消化している大蛇(だいじゃ)だったのです。そこでぼくは大蛇の中が()けて見える絵を描きました。大人っていうのは、真実を見抜(みぬ)くことができないからです」

 

 

  夢画家を()てパイロットに

 ここで言うぼくは、著者(ちょしゃ)のサン・テグジュペリ自身なんですね。そんなことがあってサン・テグジュペリは画家になるのをあきらめ、飛行機のパイロットになりました。

 「星の王子様」の主人公は、世界中の空を飛んだのですが、サハラ砂漠(さばく)の上空を飛んでいたとき、飛行機のエンジンが故障(こしょう)して、サハラ砂漠に不時着してしまったのです。

 そこに小さな星からやってきた王子様が声をかけるんです。そして友達になる。王子様がいろんなお話をしてくれる。それまで知らなかったことを体験し、主人公自身が、新しい発見をしていく、そういうお話です。

 

知識から想像する力へ

 この主人公は6つの時に、「本当の話」を読んで、「おもしろそうだな」って思う。何事も、この好奇心(こうきしん)が出発点です。それを元にして、「何だろう?」「いろいろ知ってみたい」という気持ちになります。さらに発展(はってん)して、いろいろ想像してみる。「その後どうなっていくんだろう?」。そして、いろんな知識を得る。それで終わりじゃありません。「あ、こういうことだったの!」と、納得(なっとく)します。知らなかったことを知るようになるのは、ものすごく楽しいこと、ワクワクすることです。そういうふうに新しい知識を得ることを、「学ぶ」とか、「勉強をする」という言葉に置き変えることもでます。

 

 

 外国に行ってワクワクしよう

 君たちにとって身近にある未知の世界の一つが外国だと思います。日本に来た外国人旅行者の数は、1985年には、ほとんどゼロです。それが、どんどん()びて2017年には、ほぼ3000万人近くになっています。

 日本に勉強に来る留学生、日本人が外国に勉強しに行く留学生は、どちらも全体に伸びています。

 ところが21世紀になると、外国に行く日本人留学生の数が減ってきているんです。原因はいろいろありますが、外国に行って、未知のことに出会ってわくわくしよう、という気持ちになれない人が増えてきているんです。

 

外国との交流深める明治大学

 明治大学は、40カ国以上、100を()える大学と交流をしています。外国から来る留学生の数は、2000年には281人だったのが、2016年では1894人。外国に行く留学生も、2009年には355人だったのが、2016年には1500人と5倍に増えています。

 外国に留学すると、プレゼンテーションとかディスカッションを通じて、さまざまなスキルを身につけていく。それとコミュニケーション、相手が何を考えているかを理解し、自分自身が思ったことを相手に理解してもらうことを、外国語を使って行なう力がついてきます。

 

口論こうろん衝突しょうとつ異文化いぶんか体験も

 それが「異文化体験」ですが、オランダに行った学生の感想文を読んでみます。

 

「多くの人種が住むことで有名なオランダでは、日本では考えられない価値観かちかんの差を感じました。さまざまな宗教しゅうきょう的なバックグラウンドを持っている学生が多い。一緒いっしょに食事をする際、気を使わなければならず、表現の仕方の差から、現地の学生と口論になることもありました」

 つまり口論したり、衝突してしまう。うまくコミュニケーションができないこともあるんです。異文化体験の中で、ちがった文化の人と会って、ショックを受ける。その時に、「じゃあ、どうしたらいいのかな?」と考える。ここが一番大事なことです。そして、そんな時に一番大事な武器となるのが、言葉なんですよね。

 

 

 

(休憩)

 

ヨーロッパの山は道具が必要

 休憩(きゅうけい)時間に、登山の道具をお見せしました。なぜ登山に道具が必要か分かりましたよね。日本の山は一番高い富士山でも歩いて登れます。ところが、ぼくが行っているヨーロッパアルプスの山は岩の(かべ)が多く、歩いては登れない。道具が必要なんです。

 この人はガストン・レビュファという山岳ガイドです。1921年から1985年まで生きた人ですけれども、アルプスの山の楽しさと、美しさを伝える本や映画(えいが)をつくりました。この写真は、(かれ)が登っているアルプスの写真です。うまいですね。

 これは惑星(わくせい)に向かっているボイジャー1号です。1977年に打ち上げられたんですが、ゴールデンディスクが積んである。地球外の恒星(こうせい)にたどり着いたとき、もし生物がいたら、地球はこんなところだよ、と説明する音や映像(えいぞう)がディスクに(きざ)み込まれています。レビュファが撮った写真も入っているんですね。 

 

失敗から学ぶことが大事

 日本の山だって最初行く時は「ちゃんと登れるかな?」と不安です。でも、やってみると、新しい発見、体験ができます。留学と同じで、次のものにチャレンジしたくなります。そうやってステップアップしていくと、自信がついてきます。

 「そんな危険(きけん)なことはやめなさい。命でも落としたらどうするの?」と、よく言われます。しかし「困難(こんなん)」は「危険」とは(ちが)う。「危険をおかす」のではなくて、「困難にチャレンジする」ことなんです。遭難(そうなん)も十分な準備と学びがあれば()けられます。失敗を(おそ)れずに、チャレンジしてください。そこからいっぱい学ぶことがあります。

 

山にも文化や歴史がある

 山には文化や、文化に関係する歴史があるんです。山の楽しさの重要な部分です。

 アルプスの最高峰(さいこうほう)は、このモンブランですね。高さは4810メートルあります。初めて登られたのは1786年、日本では江戸(えど)、天明の時代に当たります。それまで登られなかったんですよ。

 ところが記録によると、江戸時代から富士山には2万人というものすごい数の人が、登っていたと言われているんです。日本は昔から多くの人が登っていたんです。

 

アルプスには魔物(まもの)怪物(かいぶつ)がいる

 ヨーロッパアルプスの場合は簡単(かんたん)に登れないだけでなく、山には魔物、怪物がいる。だから人間は近づいてはならない、という迷信と言うか、信仰(しんこう)があったんですね。ですから人々は、高い山に近づくことは、決してしませんでした。

 ところが1786年、18世紀のことです。ソシュールという科学者が「モンブランに登りたい」と提案します。気象や地質を調査するためです。ふもとの街のシャモニでは、登る道を発見したら、賞金を出すとことになり、村人たちが挑戦(ちょうせん)する。

 バルマとパカールの2人が頂上(ちょうじょう)までのルートに成功します。そして「(わたし)が連れていきます!」と、ソシュールをガイドして登る。これがアルプスでの登山、クライミングの始まりです。それが19世紀になると、スポーツとして広まっていくんです。

 

 

ぼくは高所恐怖症きょうふしょう

 ぼくは、実は高所恐怖症だったんですよ。今でもそうなんですけども、周りからバカにされてね、ある時、決心したんです。「こわくてもやるしかない! やってみよう」。自分と戦うしかないですね。心の問題もそうなんですけど、「技術」ですね。能力をつければいいので、トレーニングをしました。大事なのは、基礎きそ練習であり反復練習です。

 

いい指導者にめぐり会うこと

 人生だけでなく、すべてそうですが、登山でも、いい指導者にめぐり会うことです。これがぼくの先生、リオネルです。ぼくより20歳わかいんですけど、彼が20代のガイドになりたての頃から30年近くの友達です。

 彼は今、ヨーロッパの山のガイドでも、ちょう一流と言われるガイドに育っています。ぼくは、彼と一緒に毎年、岩を登ることで、能力をつけてきました。最初は登れないようなところも70歳になるんですけど、彼のおかげで登れるようになりました。

 

人間は困難に挑戦しておのれを発見する

 最後に、もう一度サン・テグジュペリの好きな言葉を引いて終わりにします。これはサン・テグジュペリが、「人間の土地」という本の中で、最初に書いている言葉です。

 「大地は、私たち自身について、本よりも多くのことを教えてくれる。なぜなら大地は、私たちに抵抗ていこうするからだ。人間は、困難に挑戦することにより、己を発見するのだ」

 

 この言葉を最後に聞いていただいて、ぼくの話を終わります。

 

 

 

  質問のコーナ― ◇

 

Q 5年生 先生でも、挑戦できないことってありますか。

飯田先生 ぼく、先生やってますけれど、一番向いていない仕事だなと思ったんです。自分が大学院まで進んで、どういう仕事を選ぼうかと考えた時に、一番(ぼく)にとって、チャレンジする価値(かち)があるものは先生かなと思ったんです。

 

Q 4年生 山を登る時に、一番難しかったところの山はどういう山でしたか。

飯田先生 アルプスに登った時、頂上が400メートルもツルツルの岩場で、体力的に苦しい。自信がなかった。ガイドのリオネルが「お前ならできるよ。チャレンジしてみよう。その価値があるから」って。成功できて、本当に幸せな体験だったですね。

 

Q 6年生 先生が尊敬(そんけい)している登山家はだれですか。

飯田先生 ガストン・レビュファね。ぼくにとってはとても大切な人だからです。世界には8000メートル()える山って13あるんです。フランスのチームが人類で初めてアンナプルナに登った。そのメンバーで、たくさんの本を書きました。

 

             (文責・横川和夫、写真・島村國治)

 


2017(平成29)年度 修了式