2016(平成28)年度 第5回授業

 

 

2016年(平成28)年度 第5回授業

 

 

「日本の音・世界の音~日本音楽の魅力を探る~」

 

講師・千葉優子先生(宮城道雄記念館資料室長、慶応義塾大学ほか非常勤講師)

 

2月25日(土)14時から 鎌倉学園 星月ホール

 

 

 

(授業リポート)

 

 

 

 

 

いろいろな音をじっくり聞きたい日本人

 

音の性質を「音色(ねいろ)」と言います。青にもいろんな青色があるように、ドレミのドの音にもいろいろな音色があります。皆さんがよく知っているピアノやフルートなどは、西洋で生まれた楽器です。それらの楽器の音は高さがはっきりわかる「楽音(がくおん)」と言います。

 

それに対して、音の高さがはっきりしない音を「非楽音」と言います。太鼓(たいこ)やシンバルがそうです。そして、日本の昔からある三味線(しゃみせん)尺八(しゃくはち)、お(こと)などの楽器は、「楽音」と「非楽音」の両方が混ざった音です。だから、いろんな音を出せます。

 

今のフルートは金属製(きんぞくせい)ですが、木管楽器と言われています。それは、最初は木に(あな)を開けただけの笛だったからです。けれども、()んだ楽音を求めた結果、今は金属製で多くの(あな)とキーが付いたものになっています。

 

ところが音色を重視(じゅうし)する日本の尺八は昔も今も竹製です。尺八は孔が5つだけで、あごを上げたり下げたりして、さまざまな高さと音色を出します。(ビデオで尺八の演奏(えんそう)上映(じょうえい))。つまり日本の楽器はいろんな音が出せて、それを日本人はじっくりと聞いて楽しむのです。

 

 

「非楽音」や単音も好きな日本人

 

(清水尚子さんが三味線を実演。画面に三味線の図解を(うつ)し、非楽音の出る仕組みを説明する)

 

三味線の場合、1本の(げん)をわざわざ上駒(かみこま)からはずして、「ビーン」という「非楽音」が常に出るように工夫しました。それほど日本人は「非楽音」が好きです。

 

ところで、西洋音楽のオーケストラは、いろんな音がまじっていて迫力(はくりょく)があります。一方、日本人は非楽音を(ふく)んだ個性的な音色を聞きたいので、日本の音楽には1つの楽器が出す単音をじっくり聞く音楽が多いのです。

 

つまり西洋と日本の音楽は質が(ちが)うのです。料理も日本では具材を大切にします。魚をお刺身(さしみ)にして食べる日本料理と、いろいろな具材をまぜて煮込(にこ)むフランス料理は、どちらがいいかではなく、両方ともいいということです。音楽も同じです。何がいいかは基準、美意識が違うのです。

 

 これまでのお話で、日本人は音色を尊重(そんちょう)し、いろんな音を聞きたい。そして「非楽音」が好きで、単音を愛好することがわかってきました。もう一つの特色は余韻(よいん)です。音が鳴った後にだんだん消えていく余韻を楽しむ。それは単音のほうが楽しめます。

 

 

 

中国からの琵琶(びわ)も日本的な音楽に 

 

中国との違いもあります。奈良時代に雅楽(ががく)が中国から日本に伝わりました。その中に「琵琶(びわ)」という楽器があります。ですから、楽器として、もとは同じなのですが、演奏する音楽は違います。

 

中国では金属の弦で、日本は絹糸(きぬいと)です。ひき方も中国は指にピック(つめ)を付けてバラバラと弾きますが、日本では大きなバチで弦を1本1本はじいて音を出し、そのあとに左手で操作して余韻に変化をつけて楽しみます(映像で琵琶の演奏を(うつ)す)。日本人は音に対して、とてもこだわりがあるのです。そして、その特徴は互いに深く関係しあっています。

 

 

(休けい)

 

 

日本人は自然が大好き

 

 これまで、日本人の好む音についてお話してきましたが、後半では、なぜ日本人がそういう音を好むのか考えてみましょう。

 

まずは、日本人の自然に対する考え方をお話ししましょう。

 

絵に花を描くとき、日本画は花が自然の中で()いているところを描きます。西洋画は花びんにさした花が多いです。庭のつくり方を見ても、西洋と日本の自然に対する考え方が違うことが分かります。日本のお寺の庭は、山や川を配置した自然をそのまま取り入れた回遊式の庭園です。しかしフランスのベルサイユ宮殿(きゅうでん)の庭は、花壇(かだん)幾何学(きかがく)模様(もよう)に設計されていて、しっかり()()まれ人工的な庭です。日本人は自然が大好きだからです。

 

 ですから、音においても自然にある音を好みます。鳥や虫の鳴き声、川のせせらぎの音、波の音、風の音などです。

 

春になるとお花見をしますが、江戸時代には「虫聞き」といって、秋の山へお弁当を持って虫の鳴き声をわざわざ聞きに行きました。日本人は昔から自然の音を音楽のように聞いて楽しんだのです。自然の音は「楽音」と「非楽音」がまざっているので、日本人はこの両方が入った音色を好むのです。

 

 

自然と音楽の一体化を理想に

 

日本は自然が豊かです。温暖(おんだん)な気候で、四季折々の美しさがあります。それを()で、豊かな自然とともに生きてきました。農民は(いね)を育てるとき、田植えの時期を考えます。天候や気候の変化に敏感(びんかん)でないと、うまく育てられません。漁師は海に出ますが、風の音で海が()れるかどうか判断します。

 

手紙を書くとき、はじめに「風かおる五月」などと季節のことを書きますね。これも日本人の特徴(とくちょう)です。風がそよそよ()いたり、ビュービュー吹いたり。また、雨がシトシト()ったり、ザーザー降ったりします。日本人は自然の微妙(びみょう)な音をさまざまな言葉で表現します。自然と生活が結びついているのです。

 

尺八の音色も「竹林に吹く風の音を理想とする」などといいます。日本人は文化と自然が一体化することを理想としてきたのです。

 

そのうえ、日本人は自然を神様とすることもあります。奈良に大神(おおみわ)神社(じんじゃ)という神社がありますが、そのご神体は山です。山が神様なのです。だから、自然の音、非楽音を含むさまざまな音色を尊重(そんちょう)するのです。

 

一方、西洋の自然観は違います。キリスト教は砂漠(さばく)で生まれた宗教(しゅうきょう)です。昼はものすごく暑いですが、夜はものすごく寒いです。きびしい自然に打ち勝たなければならないので、厳格(げんかく)な神との契約(けいやく)のもとにキリスト教は生まれました。ですから、文化と自然は対立し、人工の音の世界として楽音を追求したともいえましょう。

 

演奏の場も石造りと木造の違い

 音楽を演奏する場も、日本と西洋では(こと)なりました。西洋では教会や宮殿といった石造りの建物の中で演奏しました。だから美しく(ひび)く「楽音」が向いているのです。

日本では野外での演奏や木造の建物の中での演奏です。ふすまやたたみは音を()い取ります。それに向く音は「非楽音」を含んだ音です。

 

 

音を聞く(のう)の違い

 

(画面に右脳・左脳の図を映す)

 

脳には右脳と左脳があります。西洋人は虫の声を右脳で雑音として処理(しょり)しますが、日本人は言葉を解する左脳で聞きます。西洋人は洋楽器も和楽器も右脳で聞きますが、日本人は右脳で洋楽器を()くのに対して、和楽器は左脳で聞きます。日本人は虫聞きのように、虫の声を音楽的に聴いて楽しみますが、大多数の西洋人は夜道を歩いていて虫が鳴いていても、それに気づきません。鳴いていることを意識して、もう一度その道を歩けば、虫の声を聞くができます。これは、虫の声を無意識に左脳で言語音と同様に処理する日本人と、右脳で雑音として処理する西洋人との違いです。

 

けれども、これは遺伝(いでん)によるものではありません。言葉の問題です。西洋の言葉は子音がとても重要なのに対して、日本語は子音と同じくらい母音も重要です。絵や()のように母音だけの言葉もあります。ですから、西洋人は子音だけを左脳の言語脳で聞き、母音は右脳です。日本人は子音も母音も左脳で聞きます。日本人でもアメリカで生まれ育つと、西洋人型の脳になり、西洋人が日本で生まれ育つと、日本人型の脳になります。だいたい8(さい)ぐらいまでに脳は形成されると言われています。

 

 

 

それでは、最後に今日お話ししたさまざまな音色の特徴(とくちょう)を思い出しながら、江戸時代初期、ちょうどバッハやヘンデルが生まれた年に()くなった八橋検校が作曲した箏の独奏曲(どくそうきょく)六段(ろくだん)」を聴いて下さい。(「六段」の演奏を上映)。

 

みなさん、これからもいろいろな国のいろいろな音楽を聞いて、それぞれの美しい音色を楽しんで音楽の世界を広げてください。

 

 

(文責・矢倉久泰、写真・島村國治)

 

2016(平成27)年度 修了式


日本音楽がわかる本 千葉優子先生著
日本音楽がわかる本 千葉優子先生著