「南極・北極から地球が見える」
講師 中山由美先生
朝日新聞社会部記者
9月3日(日)14:00から 鎌倉生涯学習センターホール
(授業リポート)
南極と北極の違(ちが)い
(ペンギンの帽子(ぼうし)を頭にかぶって登場)
中山由美です。新聞記者として2003年から南極に2回、北極に6回、取材に行っています。
最初に南極と北極の違いをお話します。南極は世界で5番目に大きい大陸で、日本の37倍もあります。平均2000mの氷でおおわれており、一番厚い所で4800mです。地球の氷の90パーセントが南極にあります。北極は氷の下が海のため氷の厚さは数mしかありません。イヌイットなどの先住民が1000年以上前から住んでいますが、南極にはだれも住んでいませんでした。
人間は105年前、南極点に立つ
南極の話から始めましょう。人間が初めて南極点に到達(とうたつ)したのは犬ぞりを使ったノルウェーの探検家(たんけんか)アムンゼンで、今から105年前の1911年12月14日のことです。日本の白瀬隊(しらせたい)も翌(よく)1912年1月16日、南極大陸に上陸して、南極点をめざしましたが、途中(とちゅう)で引き返しました。馬を使ったイギリスのスコット隊はアムンゼンから1ヵ月遅(おく)れて1912年1月17日、南極点に到達しましたが、帰る途中(とちゅう)、寒さと飢(う)えと疲(つか)れで全員亡(な)くなりました。
その後、世界の国々が南極に観測基地を設けました。日本の第1次南極観測隊が観測船「宗谷(そうや)」で出発したのは、60年前の1956年11月8日のことです。朝日新聞が協力して、募金(ぼきん)活動をしたり、隊員の訓練を行ったり、ヘリコプターを提供(ていきょう)したりし、記者や整備士など10人も派遣(はけん)しました。昭和基地ができたのは1957年2月のことです。
南極にすむ動物
南極にはどんな動物がすんでいるのでしょうか。タロー、ジローという犬が昭和基地で越冬(えっとう)した話は有名ですが、いまは自然保護のため動物を持ち込(こ)んではいけないことになっています。
南極にはペンギンがいます。ペンギンは石を集めて巣づくりをします。どんくさいように見えますが、海の中では泳ぎが速く、海面から飛び上がったりもします。尾(お)の近くにある油の出るところからクチバシで油をとり羽にぬって、海中ですべりやすくしているからです。アザラシやウニや魚がいます。露岩(ろがん)地帯では岩の間にできている湖にはコケも生えています。
南極の太陽は3つもある
これは蜃気楼(しんきろう)の写真です。地表の空気が上空より冷たいと、光が曲がってできます。
この写真は太陽が3つに見えます。真ん中が本当の太陽、両側は幻(まぼろし)です。ダイヤモンドダストという氷のチリが太陽の光を曲げて、幻の太陽を見せるのです。
越冬隊が過ごす12月から2月までは太陽は1日中出ません。日本から持ってきた生野菜もなくなるため、昭和基地で栽(さいばい)してできたキュウリ1本を42人もの越冬隊員で薄(うす)く切って食べることもありました。春になるのは7月半ばです。夏に太陽は沈(しず)みません。夜も薄(うす)明りの状態です。
72万年前の氷を取り出す
日本の南極観測基地として、昭和基地のほか、みずほ基地、あすか基地、ドームふじ基地があります。昭和基地では気温がマイナス45度まで下がることがあります。ドームふじ基地はさらに寒く、マイナス60度からマイナス79度まで下がります。だから熱湯(ねっとう)をまくと水蒸気(すいじょうき)になってしまいます。ここは岩盤(がんばん)まで3000m以上もある分厚い氷でおおわれています。この氷にドリルで穴(あな)をあけ、3年がかりで3035mの深い所から氷を取り出しました。何万年前の空気や砂(すな)などが詰(つ)まっていて、その氷から昔の地球の様子が見えてきます。地球は72万年前から寒さ暖(あたた)かさを繰(く)り返していたことがわかりました。
隕石(いんせき)で宇宙(うちゅう)のナゾを調べる
そのなかに宇宙じんもいました。宇宙塵(じん)、つまり隕石もたくさん見つかっています。特にセルロンダーネ山脈のふもとに隕石がたくさん集まっています。なぜか。宇宙から降(ふ)ってきた隕石が氷とともに海に向かってゆっくり動きます。ところが山脈でさえぎられるため、ふもとにたまるわけです。日本の観測隊は隕石を1万7000個も集めました。これを調べると、宇宙や地球誕生(たんじょう)のナゾが分かるのです。
(ここで休憩)
北極でも進む温暖(おんだん)化
これからは南極とは反対側にある北極の話をします。これは世界で一番大きな島・グリーンランドです。北極も温暖化が進み、氷がとけて滝(たき)になって大きな氷の穴に流れ落ちています。カナックという北緯(ほくい)77度の地点ですが、海に近い所では花も咲(さ)きます。寒さも南極と違い、北極点でもマイナス50度くらいです。なぜでしょうか。
(学生)「海だから」。そうです。南極のように高い山がないからです。水温が温かくなって氷が赤とか茶色になっています。これはプランクトンです。プランクトンが増え、太陽の熱を吸収(きゅうしゅう)して、海に流れるため、魚も取りやすくなりました。温暖化で海が変わっていたのです。
原住民イヌイットの生活にも変化が見られます。イヌイットは犬ゾリを使ってジャコウ牛やオオカミ、北極グマをとって生活してきました。ところが氷がとけ、薄(うす)くなってソリで走れなくなり、猟(りょう)がしにくくなりました。ここに44年も暮(く)らす大島郁雄さんの狩(か)りに半月間、600キロも一緒に行きましたが、そのことがよく分かりました。温暖化で海が変わると気象も変わる。台風のコースも変わり、岩手の岩泉(いわいずみ)のように、極端(きょくたん)な災害をもたらすことになります。
どの国も領土にしない南極条約
南極は自然だけでなく、国際的にも素晴らしいところです。南極条約というのが定められています。どの国も南極を自分の領土にしてはいけない、南極にある石炭や鉛(なまり)、銀、マンガンなどの鉱物資源(こうぶつしげん)も掘(ほ)ってはいけないと決められているのです。昭和基地の近くには、隕石はありませんが、サファイアやルビーが見つかっています。たくさんの国が観測のための基地を設置していますが、軍事基地をつくってはいけないことになっています。半世紀以上も領土紛争(ふんそう)もなく、どの国ともみんな仲良く協力し合っているのが南極です。世界中がこのようになったらいいですね。(了)
◆ 質問の後、プラスチックのコップに入った南極の氷(国立極地研究所提供)が、とけるときに出す何万年も昔のパチパチという空気の音を、学生たちは聞いて楽しみました。
(文責=矢倉久泰 写真=島村國治)