2021年度(令和3年度)夏期ミニ企画講座
要約レポート
テーマ : 「コロナ禍を正しくこわがるために ― 寺田寅彦に学ぶ ―」
◆講 師 中村和男(長岡技術科学大学名誉教授)
◆開催日時
第1回 8月 9日(月) 10:30~11:30
第2回 8月10日(火) 10:30~11:30
第3回 8月11日(水) 10:30~11:30
◆実施方法・場所 Zoomミーティングによるオンライン講座(対話型ライブ配信) 、各自パソコンやタブレットで参加
◆学習のねらい
世界中で新型コロナウイルスの感染が広がり、多くの人々の命や健康を奪い、社会や経済の活動もすっかり落ち込んでいる。この講座では、明治~昭和初期のすぐれた物理学者であり、科学的な見方を通して社会、文学、芸術など幅広い分野で名言を残した寺田寅彦 (1878~1935) のエッセイ集『科学と科学者のはなし』(岩波少年文庫)を取り上げて、コロナ禍を科学的な視点で観察・理解し、ただ“こわがる”のではなく、“正しくこわがり”、それに対処することを学んでいきたい。
◆受講生 学生4名(5年生2名、6年生2名)
第1回目
コロナ禍についての認識と取組み姿勢は
はじめに、寺田寅彦が残した名言の中で、「天災は忘れた頃にやってくる」と「正しくこわがりましょう」が取り上げられた。
《学生との対話》
「天災は忘れた頃にやってくる」ということで思いつくものをあげてもらった。学生の回答は、「地震や忘れた頃にくる余震のこと」、「学校で飼育していたメダカが死んだときの悲しい思い」、「台風と停電」、「地震のときの津波の心配」などであった。
寺田は前者に関して、作品『津波と人間』で、大災害経験が数十年を経るうちに人々の恐怖感はゆるみ、過去の経験が生かされず、運命の時がきてしまうと述べ、また後者に関して作品『こわいものの征服』で、自分の雷や地震に対する子供のころの“おそれ”は科学者としての研究を通して現象の本質を学ぶ中で、不用な恐れのかわりにその場に応じた適切な対処ができるようになったという。
“天災”は、ふつうは自然災害であるが、コロナ禍もこの対象に含められよう。必要以上におそれず、冷静に信頼できる科学的情報から、この病気のことを知ることが大切である。
次いで、「新型コロナウイルス感染症を知ろう」(東京都医師会資料)により、コロナウイルスの名称、構造・特徴、感染経路、検査方法、感染予防やワクチンなどについて学んだ。
第2回目
物理現象としての感染の仕組みは
まず新型コロナウイルス感染症について復習した後、学生との対話がなされた。
《学生との対話》
コロナ感染に関連して調べたいこと、関心があることを出してもらった。「従来型ワクチンはウイルスを弱くしたものだが、感染の心配は?」、「変異株が増えているが、どのくらいあるのか?」、「ワクチンを打ってもコロナで死ぬ人がいる」。新型ワクチンや現実の変異株の状況などについての入門的説明がなされた。
この講座では、新型コロナウイルス感染症自体のことだけでなく、医療や日常の生活、学校、社会・産業・経済面などで、起きている問題も広く考えて欲しいとされた。
続いて、「物理現象としての感染の仕組み」の解説がなされた。寺田の作品『茶碗の湯』では、茶碗の熱い湯面から立ちのぼる湯気の渦や湯中の縞模様に着目し、後者は“かげろう”と似ており、飛行物体周囲の気流の動きの“見える化”にも役立っていることが説明された。
次に、作品『塵埃と光』が取り上げられ、青い空が、夕方赤く見える現象が太陽光の塵による散乱として説明され、その原理による飛沫・エアロゾル可視化撮影システムが紹介された。コロナ感染における空中での飛沫の飛散や微粒子の浮遊の様を“見える化”できる。
《学生との対話》
宿題としていた「可視化」について調べてきたことを報告してもらった。「光と超音波の融合で実現できる医用イメージング法」、「温度とかを見えるようにする技術」、「画像やアニメーションで意味を伝える」などが挙げられた。
第3回目
社会現象としての感染の伝わり方は・生態系における感染への対応は
まず「社会現象としての感染の伝わり方は」について学ぶ。
寺田による作品『電車の混雑について』が取り上げられた。ホームにつぎつぎと入ってくる満員電車を観察しているうちに、満員が続くが、“まれに一台くらいはかなり楽なのが来る”のに気づき、群行動が群としての特有な作用に支配されることが示された。その原理について、電車の運行と乗客の動き、満員/すいた電車の発生の仕組みが、モデル図解された。
つぎに、電車の混雑モデルの展開として、集団におけるコロナ感染の仕組みを数学的法則や数式でとらえるSIRモデルが紹介された。電車の混雑現象のモデルにおける、駅の周辺地域の利用可能者、ホーム滞在者、電車内滞在者を、それぞれ未感染者S、感染源保有者I、累積除去者Rに置きかえ、毎日の新規感染者数はS×Iの接触機会数の一定割合であり、毎日の新規除去(回復と死亡)者数はIの一定割合とみなすモデルである。
昨年3月から今年8月までのわが国全体の感染実績データをモデルに沿ってグラフにし、感染源保有者数および毎日の新規感染者数、回復者数や死亡者数の変動、そして日々、その時の感染源保有者のうち何パーセントが未感染者にうつすのか、回復するのか、死亡するのかという“率”の変動が示された。感染の率が高い時期、緊急宣言でその率が下がった時期など、感染者を増やさないようにするタイミングの判断に役立つという。
講座の最後に、「生態系における感染への対応」についての学びとして、作品『蛆の効用』が紹介された。蛆は不衛生で、その評価は極めて低いが、実は「街の清掃係」として鳥や鼠の死骸の片づけだけでなく、人間の化膿した傷をなめつくすことで、外科的治療に使われるという。
生態系には“天然の設計によるバランスの仕組み”ある。このことが“新型コロナウイルスの撃退・除去”に当てはまるかどうか、軽度の感染で抗体を獲得することで、感染症への対応力を獲得できる可能性など、生態系の視点での科学的アプローチもありうるという。
《学生との対話》
3回に亘る本講座のまとめとして学生から感想などを受けた。「最初は分からなかったが、話を聞いているうちにいろいろなこととつながっていることが分かった。自分で考えることが楽しい」、「一見関係なさそうなことでもすべてつながっている」、「色々教えてもらったので色々調べたいし、関係ないこともつながっていて面白い」、「コロナがどのように感染するか考えていなかったが、飛沫の飛び方など新しいことを学び面白かった。」
以上